大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和44年(わ)1294号 判決

主文

被告人を徴役六月に処する。

但し、この裁判の確定した日から三年間、右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人森田武、同飯島宗一、同福島正教、同森野恒則および同竹本剛に各支給した分は、被告人の負担とする。

本件公訴事実中、爆発物取締罰則違反の事実については、被告人は、無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、広島大学政経学部法律政治学科に在学し、同大学学園問題全学共闘会議に所属して、同大学が右会議のメンバーによる同大学封鎖を解除し、学内の秩序を維持するため昭和四四年八月一七日以来行つてきたいわゆる機動隊導入に反対していたものであるが、多数のものと共謀のうえ、同年一〇月三日午後三時二〇分頃から同日午後四時一五分頃までの間、広島市東千田町一丁目所在の右大学教養部新館南西側付近において、同大学学長飯島宗一の要請により右新館南側で多数の学生に軟禁されていた同大学教養部長森田武を救出し、引続き右救出の際警察官に投石した学生らの検挙、採証などの任務に従事していた広島県警察本部警備部機動隊副隊長福島正教指揮下の警備部隊所属の警察官約一一〇名に対し、多数の石塊、コンクリート塊を投げつけるなどの暴行を加え、もつて右警察察官らの前記職務の執行を妨害したものである。

(証拠の標目)〈略〉

被告人の判示所為は、刑法九五条一項、六〇条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で、被告人を懲役六月に処し、情状により同法二五条を適用してこの裁判の確定した日から三年間、右刑の執行を猶予し、同法一八一条一項項本文により、訴訟費用中、証人森田武、同飯島宗一、同福島正教、同森野恒則および同竹本剛に各支給した分は、これを被告人に負担させることとする。

(一部無罪の理由)

第一、本件公訴事実のうち、爆発物取締罰則違反の事実は、次のとおりである。

被告人は、治安を防げ、又は人の財産を害せんとする目的をもつて、神奈川県高座郡綾瀬町所在在日米海軍厚木航空基地の施設を爆破しようと企て、昭和四四年一一月一四日午後五時四〇分ころ、同町蓼川一、四〇三番地付近において、爆発物である時限装置付鋼管製黒色火薬爆弾一個およびプラスチック容器入黄色火薬爆弾一個を携帯して、同基地施設に接近したところを警察官に発見され、もつて爆発物を使用せんとするの際発覚したものである。

第二、本件(「本件」とは爆発物取締罰則違反被告事件を指す。以下同じ。)捜索差押の経緯

証拠〈略〉を総合すると次の事実を認めることができる。

神奈川県大和警察署長は、過激派学生が米海軍厚木航空基地を爆破、襲撃する計画がある旨の警備情報に基づき、昭和四四年一一月一三日より同月一七日までの間、右基地周辺の警戒警備を実施した。右警備は、同署長を警備本部長とし、付近の九警察署より派遣された者を含む四〇名の警察官を四名ずつ一〇班に編成し、各班が一台の自動車を使用し、交替勤務により常時六班が警戒に当るという方法により実施された津久井警察署から派遣された小尾巌、大谷業好、早田某および中村某の各巡査で編成された警備班(責任者小尾巡査)が中村巡査運転の警備車に同乗して同月一四日午後五時四〇分頃、時速約二〇キロメートルの速度で神奈川県高座郡綾瀬町蓼川一、四〇三番地先路上に差しかかつたところ、同車の前照灯のライトの中に約五〇メートル前方を同車に向つて歩いて来る女性を含む四、五人の人影を同車助手席に位置していた小尾巡査が発見したが、その人影は、一瞬のうちに同車の進行方向左側の茂みに消えた。この場所は、前記厚木航空基地外周金網から約一〇〇メートル離れた人家もまばらな畑地であつた。そしてこの地点は、付近に米軍の燃料貯蔵タンクが設置されているため前記警備計画において徒歩警戒地区(重点警戒地区)に指定されていたので、中村巡査は、警備車を停車させ、小尾巡査らは、同車から下車し、懐中電灯で草むらを照らしながら進んでいつたところ、付近の農道脇の藪の中の窪地に前かがみの姿勢でしやがんでいた被告人を発見した。そこで小尾巡査は、被告人の挙動に不審な点があるので職務質問をする必要があると判断し、直ちに被告人に対し「何しているんだ。どこから来た」と尋ねたところ、被告人は、「渋谷から」と答えた。続いて同巡査が「名前は。」「今頃何しているんだ。」と質問したが、被告人は、黙して語らなかつた。そして同巡査が被告人の足元にあつたショルダーバッグを指して「このバックはお前のか。」と尋ねたところ、被告人は、「これは私のです。」と答えたので、同巡査が「中味は何だ」と尋ねたが、被告人は、これに返答しなかつた。そこで同巡査は、被告人を約4.4メートル離れた農道まで連れ出したうえ、他の三名の巡査が被告人に対する職務質問を続行している間に、被告人がしやがんでいた地点に戻り、そこに被告人が置いていたショルダーバッグを外側からさわつてみたところ、固い瓶様の物体が入つていることが判つたので、被告人に対し「中を見せろ。」「開けていいか。」と言つたところ、被告人は、「いけない。」「見せる必要はない。」と答え、右バッグを開くことを拒否した。小尾巡査は、当日午後五時頃警備に出動する直前、当直主任の大和警察署外勤係長より警視庁からの情報として同日夜か、翌晩、過激派学生八〇名が四班に分かれ厚木基地等四ケ所の米軍基地を爆破するという計画がある旨聞いていたうえ、前記ショルダーバッグの中に固い瓶様のものが入つていることが判つたため、被告人と応酬してみたところ結論としては見せないということであつたが、所有者である被告人の承諾がないからといつてそのショルダーバッグを開いて内容物を確認しないわけにはいかないと考え、約4.4メートル離れた地点で三巡査から職務質問を受けていた被告人に背を向けたまま「開けるぞ」と只一言いつただけで別段同人の了解も得ないで、直ちに右ショルダーバッグを開いた。するとその中には、大封筒に入つた鉄パイプのような物体、サイダー瓶のような物の上部に小瓶がついている物体および小さい時計のような物体等が入つていたので、同巡査は、初めてこれは爆弾であると考え、前記情報および被告人が学生風であることも考え合せて、被告人が厚木航空基地を爆破する目的で爆発物を所持していると認め、その場で被告人を爆発物取締罰則違反被疑者として現行犯逮捕するとともに前記ショルダーバッグおよびその内容物を差押えた。(右ショルダーバッグおよびその内容物が後記「本件証拠物」である。)右逮捕の際、小尾巡査他三名の警察官は、被告人に対し逮捕する旨告げなかつた。そしてパトロールカーで被告人を大和警察署に連行した後、大和巡査が捜索差押調書を作成し、押収品目録を被告人に交付したが、被告人はその受書の作成を拒否した。

第三、本件審理の経過(関係部分のみ)

第一回公判

1、被告人は、本件公訴事実について、起訴状記載の日時、場所において、起訴状記載の爆発物を携帯していた事実は認めるが、その余の事実は否認する旨陳述した。

2、弁護人は、検察官請求証拠目録甲4捜索差押調書、同10司法警察員作成の昭和四四年一一月一五日付実況見分調書および同12ないし15神奈川県警察本部鑑識課長作成の各回答書の各証拠書類(以下「本件証拠書類」という。)について刑事訴訟法三二六条に基づいて証拠とすることに同意し、同5時限爆弾(長さ一八センチの金属管、乾電地二個、時計を結着)一個、同6液体が入り封をした長さ二〇センチの瓶一本、同7黒火薬様のものを入れた小瓶一本、同8ショルダーバッグ・ズック製うす緑色のチャック付バッグ一個および同9黒色セーター一枚の各証拠物(以下「本件証拠物」という。)については証拠調に異議はないと陳述した。

3、当裁判所は、本件証拠書類および本件証拠物の証拠調を行う旨決定し、本件証拠書類の証拠調を行つた。

4、被告人は、証拠調のあつた捜索差押調書記載の捜索差押の日時および場所は、事実に反するものであり、押収された場所は、任意同行された大和警察署内である旨陳述した。

5、更に被告人は、「私が運んだ中の物が爆発物であるということは知つていました。そしてそれが厚木航空基地を爆破しようとする目的で使われるだろうということは知つていました」と陳述した。

第五回公判

証人小尾巌に対する尋問

第六回公判

1、証人大谷業好に対する尋問

2、弁護人の刑事訴訟法三〇九条一項に基づく証拠調に関する異議申立

本件捜索には捜索令状が必要であり、令状なくしてショルダーバッグを開いた小尾巡査の行為は、憲法三五条の令状主義を無視した違法なものであるから、その結果収集された証拠は、証拠能力を有しない。従つて本件証拠物についての証拠調決定の取消と本件証拠書類および証人小尾巌、同大谷業好の証言中、本件捜索差押に関する部分の排除を求める。

第七回公判

第六回公判期日における弁護人の証拠調に関する異議申立についての検察官の意見

(1) 逮捕に伴う無令状の捜索差押は、逮捕との時間的接着を必要とするが、逮捕着手時の先後を問わず許されるところ、本件の場合捜索差押に引続いて現行犯逮捕が行なわれているから、本件捜索差押は、適法である。

(2) 仮に本件捜索差押が違法であつたとしても、証拠物自体の性質、形状に変化を生ずることはないから、そのことが証拠能力に影響を及ぼすものでないことは最高裁判所判決(昭二四年一二月一三日言渡、最高裁判所刑事判決特報二三号、三七頁参照)等の判例により明らかである。

(3) 仮に本件捜索差押が違法であつたとしても、小尾巡査がショルダーバッグに触れた時点までは同巡査の行為は適法な職務行為であり、四囲の状況からみてこの時点で被告人の犯罪の嫌疑は十分とは言えないまでもかなり濃厚であつたことは否定できず、これらにショルダーバッグを開かないで被告人を現行犯逮捕しなかつた場合の結果の重大性を合せ考えると、その違法の程度は憲法三五条およびこれをうけた刑事訴訟法の規定の精神を没却するに至るような重大なものとはいえない。したがつて本件捜索差押によつて得た本件証拠物には証拠能力がある。

第八回公判

1、当裁判所は、本件証拠物について第一回公判期日においてなした証拠調の決定を取消し、検察官の右証拠物取調請求を却下した。

2、検察官は、右決定に対し異議の申立をした。

3、当裁判所は、右異議申立を棄却した。

第一〇回公判

1、当裁判所は、被告人の司法警察員に対する昭和四四年一二月二二日、同月二三日および昭和四五年一月七日付各供述調書および被告人の検察官に対する昭和四四年一一月一七日付供述調書の証拠調を行つた。

2、第六回公判期日における弁護人の証拠調に関する異議申立についての検察官の補充意見

弁護人から証拠排除の申立のあつた各証拠は、いずれも被告人および弁護人において異議なく適法な証拠調を経ているから、本件捜索差押手続の違法の有無にかかわらず証拠能力を有することは、最高裁判所大法廷の判例(昭三六年六月七日言渡、最高裁判所刑事判例集一五巻六号九一五頁参照)からも明らかである。

第一一回公判

1、弁護人の証拠調に関する異議申立の特定および一部撤回・第六回公判期日における証拠調に関する異議申立中「証人小尾巌、同大谷業好の証言中本件捜索差押に関する部分」とあるのは、第五回公判調書証人小尾巌の速記録の(一)二一枚目表二行目から二二枚目表一一行目まで(二)五二枚目裏一〇行目から五三枚目表四行目まで(三)五四枚目表四行目から同枚目表七行目までを言う。証人大谷業好の証言については異議申立を撤回する。

2、当裁判所は、取調済の本件証拠書類および第五回公判調書証人小尾巌の速記録中弁護人が特定した前記各部分を刑事訴訟規則二〇五条の六第二項に基づき排除する旨の決定をした。

3  検察官は、右決定に対し異議の申立をした。

4、当裁判所は、右異議の申立を棄却した。

第四、本件証拠物の証拠能力(本件証拠物取調請求却下の理由)

1、本件捜索差押の違法性

第二記載の認定事実によれば、小尾巡査が被告人に対して職務質問を開始したことは、被告人の挙動、前記情報の存在、時間が日没後であること、場所が人気の少ない重点警戒地区であつたこと等の状況から判断して警察官職務執行法二条一項の要件に該当する適法な行為であり、更に同巡査が被告人に対する職務質問中に被告人の所持していたショルダーバッグを外部から手で触れた行為も、本件のような状況の下では同条項による職務質問に付随する行為として許されると考えられる。しかしながら被告人が拒否しているにもかかわらず(小尾巡査はショルダーバッグを開く直前に「開けるぞ」と言つて了解をえた旨の証人小尾巌の当公判廷における供述は、同証人の他の供述部分および証人大谷業好の当公判廷における供述に照し信用できない。)、同巡査が右ショルダーバッグを開いて、その内容物を検査した行為は、強制力を用いたものであつて、強制力をもたない職務質問の範囲をこえたもので、付随行為としても許されない。右行為は、強制捜査としての捜索に該当するものというべきである。そして本件捜索差押調書によれば右捜索は、刑事訴訟法二二〇条一項二号により「現行犯人を逮捕する場合」に該当するものとしてなされたと認められる。

ところで刑事訴訟法二二〇条一項は、いわゆる令状主義の例外として、逮捕の際は令状によらずに捜索差押することができることを定めたものであるところ、右条項に規定された要件の一である「逮捕する場合」とは逮捕との時間的接着を必要とするけれども、逮捕着手時の前後関係はこれを問わないものと解するのが判例(前掲最高裁判所判例昭和三六年六月七日言渡、最高裁判所刑事判例集一五巻六号九一五頁参照)である。この点については見解がわかれるところであるが、仮に逮捕着手前の捜索差押が許されるとしても、遅くとも捜索差押着手の時点において逮捕の要件が存在することが必要であると解すべきである。(右判例の事案では、捜索に着手した時点以前に緊急逮捕の要件が具備していたとみられる。)

けだし、このように解さないと、逮捕の要件が全く存在しない者について令状なしに捜索を行い、その結果得られた証拠により同人を現行犯逮捕することまで許されるという不当な結果となるからである。

そして現行犯の要件を定めた刑事訴訟法二一二条によれば、現行犯人として逮捕するためには犯罪の外部的明白性が必要であると解される。なんとなれば同法二一三条により現行犯人は何人でも令状なくして逮捕できるのは、犯人であることが外部的に明白であるため誤つて無実の者を逮捕するおそれがないからである。

ところが、本件捜索着手の時点、即ち小尾巡査が被告人の所持していたショルダーバッグのチヤックを開き始めた時点においては、前述のように警察官職務執行法二条一項による職務質問およびこれに付随する行為をなす要件は存在したが、ショルダーバッグの外部から手で触れてみることにより右バッグ内に瓶様の固い物体が存在することが感知されたことを考慮に入れても、当時被告人が特定の犯罪の現行犯人であることが外部的に明白であつたこと、即ち現行犯逮捕の要件が存在したことは認められない(緊急逮捕の要件の存在も認められない)。かえつて前記認定によれば、本件捜索の結果本件証拠物が発見されたことによつて初めて現行犯逮捕の要件が具備したと認められる。(このことは証人小尾巌が当公判廷においてショルダーバッグをあけて中味を確認して初めてそれが爆発物であると認めた旨の供述をしていることによつても明らかである。)

従つて本件捜索着手の時点においては逮捕の要件が存在せず、右捜索およびその結果発見された本件証拠物の差押は、刑事訴訟法二二〇条一項に違反する違法なものといわなければならない。

検察官は、仮に本件捜索差押が違法であつたとしても、本件捜索着手前の時点において犯罪の嫌疑は十分とはいえないまでもかなり濃厚であつて、小尾巡査がショルダーバッグを開かず、そのため被告人を現行犯逮捕しなかつた場合の結果の重大性も合せ考えるとその違法の程度は、憲法三五条の精神を没却するに至るような重大なものでない旨主張する。たしかに本件の場合、被告人についてはかなりの程度何らかの犯罪の嫌疑があつたことが認められるから、職務質問の限度においては小尾巡査の行為は適法といえる。しかし現行犯逮捕できる程度の犯罪の外部的明白性がなかつた(緊急逮捕の要件も存在しなかつた)ことは前述のとおりであり、仮に現行犯逮捕又は緊急逮捕の要件を備えるに至らない程度の相当な嫌疑があつたとしても、その場合には、職務質問を継続し又は被告人を追尾する等の方法によりその所在を確認する等適切な措置を講じつつ、一方で裁判官から捜索差押許可状の発付を受けて捜索を行い、その結果もし爆発物が発見されれたら現行犯逮捕すべきものであつて、犯罪の嫌疑が濃厚だからといつて、現行犯逮捕および緊急逮捕の要件を具備しないのに、令状によらないで捜索差押することが許されるとしたら、憲法三五条の定める令状主義の精神を没却する結果になることは明らかである。ショルダーバッグを開かなかつた場合の結果の重大性を主張する検察官の見解は、憲法三一条の精神にもとるばかりか、結果がその手段を正当化するという趣旨であるならば目的のためには手段を選ばないという最近一部に見られる法軽視の危険な風潮に連なるものといわなければならず、これが採用できないことはいうまでもないことである。

従つて本件捜索差押手続は、刑事訴訟法二二〇条一項に違反するばかりでなく、憲法三五条に定められた令状主義に違反する重大な違法が存するものというべきである。

2、違法収集証拠の証拠能力(証拠としての許容性)

いわゆる令状主義を規定する憲法三五条は、国民の住居、書類および所持品の安全のために正当な令状がなければ捜索差押を受けないことを保障しているが、これは、国民の重要な基本的人権の一である。そして「捜査手続といえども、憲法の保障下にある刑事手続の一環である以上、刑事訴訟法一条所定の精神に則り、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障を全うしつつ適正に行なわれるべきもの」(最高裁判所大法廷判決昭和四五年一一月二五日言渡裁判所時報五五八号四頁参照)であり、実体的真実の発見という刑事訴訟の理想もあくまで適正な手続の範囲内で実現されるべきことにかんがみれば、いわゆる適正手段を規定した憲法三一条の解釈上、違法な捜索差押手続によつて収集された証拠は、押収令状の形式、記載の多少の不備等その違法性の程度が軽微である場合は格別、憲法三五条の令状主義に違反するような重大な違法がある場合には、その捜索差押処分が、憲法に違反するために無効であり(憲法八一条参照)、本来証拠として獲得されえなかつたものであるから、刑事裁判において証拠とすることが許されない(証拠としての許容性がない=証拠禁止)、即ちそのような証拠の証拠能力は、否定されるというべきである。逆に言えば、捜索差押手続に憲法三五条違反という重大な違法が存する場合、その手続によつて得られた証拠を刑事裁判において有罪認定の資料に用いることは、憲法三一条の定める適正手段に違反することになる。

およそ犯罪の処罰の目的は、適正な手続によつて達成されてはしめて価値をもつものであり、憲法三一条および刑事訴訟法一条は、基本的人権の保障のためには、実体的真実の発見を断念しなければならない場合もあることを予想しているものと考えられる。

検察官が指摘する最高裁判所判決(昭和二四年一二月一三日言渡、最高裁判所刑事判決特報二三号三七頁)は、押収調書の記載に形式的瑕疵があるに過ぎない事案に関するものであり、本件とは前提を異にするから、同判決があるからといつて右判断の妨げとなるものではない。又、捜索差押手続の違法の重大性を判断する際は具体的事案の性質等も考慮すべきであるとの考え方もありうるが、令状主義違反以外の違法の場合は格別、本件のようにその手続が憲法三五条の定める令状主義に違反する場合は、事案の特殊性、重大性等を違法性の程度判断の際の考慮にいれるのは、正当でない。

3、結論

本件証拠物は、第四1で述べたように憲法三五条の定める令状主義に違反する重大な違法が存する捜索差押手続により収集されたものであるから、第四2において述べた理由により本件において有罪認定の証拠とすることは許されない、即ち証拠能力を有しないといわなければならない。(尚、第一回公判期日において弁護人は、本件証拠物の証拠調に異議はない旨陳述したが、このことにより右証拠が証拠能力を有するに至つたとは認められないことについては、後記第五において説示するところにより明らかである。)

第五、本件証拠書類の証拠能力(証拠排除の理由)

1、本件証拠物が証拠能力を有しないことは、第四において説示したとおりである。そして検察官請求証拠目録甲4捜索差押調書は、本件証拠物の捜索差押手続の結果が記載された書面、同10実況見分調書は、本件証拠物の状況について記載され、これを撮影した写真が添付された書面、同14ないし14の神奈川県警察本部鑑識課長作成の各回答書は、本件証拠物の鑑定の結果が記載された書面、証人小尾巌の当公判廷における供述中の各排除部分は、本件捜索において小尾巡査が経験した事実に関する供述であり、以上の各証拠(以下「本件排除証拠」という。)は本件証拠物の捜索差押を前提として獲得とれたものであつて、後者(本件証拠物)が存在しなければ前者(本件排除証拠)も存在し得ないという関係にあるものであるから、後者の証拠能力が否定された以上、原則として前者の証拠能力も否定されると解すべきである。なんとなればこの場合前者の証拠能力を肯定するならば、違法に収集された後者の証拠能力を否定する趣旨は、全く没却されてしまうからである。

2、ところで第四2において説示した憲法の定める適正手続の要請による証拠禁止も刑事訴訟における当事者主義により修正を受ける場合がある。即ち、違法に収集された証拠を刑事裁判において有罪認定の資料に用いることは許されないという憲法上の保障を当事者が放棄することは、許されるのであり(例えば憲法三七条二項によつて保障された被告人の証人に対する反対尋問権は、刑事訴訟法三二六条の同意によつて放棄できる。もつとも、違法収集証拠の証拠禁止は捜査手続の適正化という公益上の理由から認められるのであるから、反対尋問権の放棄と異り、その保障の放棄は許されないとの見解もあり、同見解は、傾聴に値する。)右放棄により違法に収集された証拠の瑕疵(証拠禁止)は、治癒し、当該証拠に証拠能力が付与されるものと解される。そして右憲法上の保障の放棄は、明示のみならず黙示の意思表示によつてもなされうるというべきであり、右放棄の有無の決定は、当事者の意思解釈の問題である。(最高裁判所大法廷判決、昭和三六年六月七日言渡、最高裁判所刑事判例集一五巻六号九一五頁参照)

3、そこで本件についてみるとに、本件排除証拠が原則として証拠能力を否定さるべきことは、既に述べたとおりであるから、本件排除証拠につき第五2において述べた憲法上の保障の放棄がなされたか否かについて判断することとする。本件排除証拠のうち本件証拠書類については、第一回公判期日において弁護人は、刑事訴訟法三二六条によりこれを証拠とすることに同意し、異議なく証拠調を終了したのであるが、証人小尾巌および同大谷業好の当公判廷における各供述に第一回公判調書中の被告人および弁護人の陳述部分を合せ考えると、被告人および弁護人は、本件証拠書類の証拠調について意見を述べた当時本件捜索が逮捕前に行なわれているのに気付かず逮捕後行なわれていたものと思い違いをしたことが認められる。(第二で認定したとおり、小尾巡査を捜索した際、被告人は、右バッグの所在地点から約4.4メートル離れた農道上で三人の巡査から職務質問を受けており、しかも小尾巡査は、被告人に背を向けていたので、ショルダーバッグが同巡査の陰にかくれて見えず、そのため被告人は、本件捜索に気付かず、又、逮捕の際逮捕する旨告げられず、逮捕後連行されていつた大和警察署において押収品目録を交付されたためこのような思い違いが生じたものと推認される。)そして第五回公判期日において証人小尾巌が、第六回公判期日において同大谷業好が本件捜索差押当時の状況についてそれぞれ供述するに至り初めて被告人および弁護人は、本件捜索が逮捕の要件を具備する以前になされた違法なものであることを認識して証拠調に関する異議申立に及んだものと認められる。右の経緯に照すと、被告人および弁護人が本件証拠書類の証拠調当時、これを証拠とすることに同意し、証拠調について異議を述べなかつたことをもつて前述の憲法上の保障の放棄の黙示の意思表示があつたものとすることは、できない。(被告人および弁護人の右「同意」の意思表示が刑事訴訟法三二六条に基づくものであることは記録上明らかであり、同条によれば、この同意は反対尋問権の放棄と裁判所の任意性の調査義務の免除の効果しか生ぜしめない。)当公判廷における証人小尾巌および同大谷業好の各供述により本件捜索差押の違法が明らかになつた後、被告人および弁護人がこれを黙過し異議を述べない場合は、前記憲法上の保障の黙示の放棄があつたものとみるべきであるが、その直後である第六回公判期日において弁護人から直ちに本件捜索差押手続の違法を理由とする証拠調に関する異議申立がなされているのであるから、むしろ憲法上の保障に基づく権利行使が適時になされたものというべきである。本件排除証拠中、証人小尾巌の供述部分について、前記憲法上の保障の放棄があつたとみられないことは、以上の説示により自明のことである。

4、以上の理由により、本件排除証拠は、証拠とすることができないものであることは明らかであり、弁護人の証拠排除の申立は、理由があるので刑事規則二〇五条の六第二項により右証拠を排除したわけである。

5、ところで検察官は、本件排除証拠はいずれも、被告人および弁護人において異議なく適法な証拠調を経ているから、本件捜索差押手続が違法であつたかどうかにかかわらず証拠能力を有する旨主張し、前掲最高裁判所大法廷判決を援用するので、憲法上の保障の放棄について更に検討することとする。

前述の証拠禁止の憲法上の保障に基づく権利行使は、刑事訴訟手続においては、刑事訴訟法三〇九条一項、同規則二〇五条による証拠調に関する異議申立によつて行なわれるべきものであり、従つて捜索差押手続が違法であることを知りながら、又は違法であることを知りうべかりしにもかかわらず、重大な過失によつて知らずに、即ち当事者の責に帰すべき事由により当事者が右異議申立をしなかつたときは、右憲法上の保障の放棄の黙示の意思表示があつたものと解すべきである。又、右異議申立は遅くとも第一審の弁論終結までにしなければならず、控訴審において捜索差押手続が違法であることを理由に異議申立をすることは、控訴審の事後審たる性質からみて、特別な事情がない限り許されないというべきであり、第一審の弁論終結までに異議申立がなければ証拠禁止の憲法上の保障の放棄があつたものとみなされると解すべきである。ところが検察官が援用する前掲最高裁判所大法廷判決は、控訴審において捜索差押手続が違法であることの認定資料とされた捜索差押調書が既に第一審において公判廷に証拠として顕出されていたにもかかわらず被告人および弁護人が第一審の弁論終結まで何ら異議申立をしなかつたため(控訴趣旨においてはじめて捜索差押手続の違法が主張された。)、当該捜索差押に基づく証拠書類を有罪認定の証拠とした第一審判決の適否に関する事案についてのものであり、この場合は、前述の理由により第一審において憲法上の保障の放棄があつたものと認められるから、右判決は、「第一審判決には何らの違法を認めることができない。」として第一審判決を破棄した控訴審判決を破棄したものと解される。

従つて、第一審の審理中、捜索差押手続の違法が公判廷において、明らかとなり、(それまで被告人および弁護人がその違法について知らなかつたことについて責に帰すべき事由があつたとみられないことは第五3に述べたこと、特に前記思い違いの生じた原因から明らかである。)直ちに弁護人が証拠調に関する異議の申立をした本件は、右最高裁判所大法廷判決とは事案を異にするというべきであるから、右判決があるからといつて当裁判所の前記判断の妨げとなるものではない。

第六、結論

以上により、本件についてこれを認むべき証拠は、第一回公判調書中の被告人の供述部分および被告人の司法警察員に対する昭和四四年一二月二三日付供述調書(いずれも一部自白)のみとなり、外に右自白を補強するに足る適法な証拠は存しないので、結局本件爆発物取締罰則違反被告事件の公訴事実は、犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法二三六条により同事実については、無罪の言渡しをすることとする。そこで、主文のとおり判決する。

(石崎四郎 下郡山信夫 生田瑞穂)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例